鮮やかな秋色に染まった大山寺に参る―2007紅葉の丹沢・大山 その一 | 楽土慢遊

鮮やかな秋色に染まった大山寺に参る―2007紅葉の丹沢・大山 その一

所在地:
[大山] 神奈川県伊勢原市・秦野市・厚木市
交 通:
小田急線・伊勢原駅→大山ケーブルバス停

2007年11月24日(土):晴れ:横浜駅―(相鉄線)→海老名駅―(小田急線)→伊勢原駅―(バス)→大山ケーブルバス停→こま参道→八意思兼神社(追分社)→女坂→前不動堂・倶利伽羅竜王堂→雨降山大山寺









■ ここのところ丹沢に通いつめている。先週はパートナーと大山に登り、昨日は単独で丹沢山に登った。本日はパートナーと山歩きを始めたばかりの友人と三人で再び大山に登る。ガイド役も務めるので、限られた場所以外はあまり写真を撮らないつもりだ。

横浜から相鉄線と小田急線を乗り継ぎ伊勢原駅に到着。大山ケーブル駅行きのバスに乗り込む。7:00に大山ケーブルバス停に到着。

バス停から、土産物店や飲食店が両側に並ぶコマ参道を抜け、ケーブル駅を右に見送り、男坂と女坂の分岐である八意思兼神社(追分社)から女坂に進む。本日の最初の目的は雨降山大山寺の紅葉狩りで、大山寺に参るには女坂を行く。男坂を行くと大山寺よりも上にある阿夫利神社の手前に出てしまう。

いつもなら女坂では、風化した石仏や供養塔などの石碑・石塔群、七不思議といわれる子育地蔵や爪剪地蔵の写真を撮るところだが、本日は眺めるだけにしておく。そこらへんのことを確認したい方は、まずは「大山ケーブルバス停から大山寺へ――2006秋の丹沢・大山詣で その一」をお読みいただければと思う。

立派な磨崖仏である爪剪地蔵がある急な石段を登りきると、前不動や倶利伽羅竜王堂が建つ平坦な場所に出る。

前不動は明治の神仏分離以前には、男坂と女坂の分岐である八意思兼神社(追分社)の場所に建っていた。これから参る大山寺は、神仏分離以前には現在、阿夫利神社が建つ場所にあった。つまり、かつては前不動から男坂を登り、不動明王を本尊とする大山寺に参詣する道が、最も一般的な参道になっていたと考えられる。

前不動の左隣に建つお堂・倶利伽羅竜王堂は、神仏分離以前には「大山寺から二重滝、阿夫利神社へ――2006秋の丹沢・大山詣で その二」で訪れた二重滝のわきに建っていた。ちなみに、倶利伽羅竜王堂は、この山域で最も古い建築物で、その次に古いのが前不動で、ふたつの建物は大山の歴史を物語っている。

雨降山大山寺は、前不動のすぐ上にある。その大山寺の石段の手前までやって来ると鮮やかな紅葉に目を奪われる。ここには一週間前にも訪れているが、今日の方が色が鮮やかに見える。

中央に小型の石燈籠、両側に不動明王の眷属である童子像が並ぶ大山寺の石段。

石段の下の所から紅葉を見上げる。倶利伽羅竜王堂の近くの黄色や右手の緑と石段上の赤とのコントラストも美しい。

石段左側に並ぶ童子像と紅葉。

石段の中央あたりから紅葉のトンネルを見上げる。赤が実に鮮やかだ。

石段のわきの紅葉。

石段の上から振り返り、平野部とその向こうの相模湾を眺める。海が光を反射し、江ノ島がシルエットになっている。

このページのトップの写真でわかるように石段の正面が大山寺の本堂になるが、まずは境内を横切るように左手の奥に進み、阿夫利林道に出て少し下る。このあたりが大山寺とその周辺を見渡せる展望ポイントになる。

阿夫利林道から平和観音菩薩像と大山ケーブル方向の眺め。大山の歴史や旧跡に関する最良のガイドのひとつ、宮崎武雄の『相州大山―今昔史跡めぐり』(風人社)では、平和観音菩薩像(十一面観音立像)について、以下のように綴られている。

「神仏習合の時代、菩薩は石尊大権現の本地仏であった。古来の日本の神々は人間を救済するために仏や菩薩がさまざまな姿でこの世に現れた化身とし、その根本である仏や菩薩のことを本地仏といった。これは仏教が日本に渡来してから起こった思想で、仏も神も、もとをたどればみな同体であるという考えで、『本地垂迹説』というものである。
 江戸時代には、八大坊末寺観音寺境内の本地堂にあった十一面観音立像(行基作と言われている)だが、安政の大火で火焔にあぶられ、損傷した。このとき、不思議にも火災による被害者は一人も出なかった。観音様が身代わりになったということで、『火難身代わり観音』と言われている。今、その焼けた観音像は大山寺の東壇に安置されていて開扉されることはないが、その姿は六メートルの大きな石像の平和観音菩薩として、ケーブル大山駅脇の岩山に建立された」

阿夫利林道から大山寺方向の眺め。

色とりどりの木々のなかに大山寺本堂の大屋根が見える。こうして見ると赤い紅葉が本堂の前の石段部分に集中していることがよくわかる。

阿夫利林道からの展望のなかでも筆者が好きなポジション。

同じポジションからズーム。細かい話で恐縮だが、大山寺本堂の背後には、崖の崩落を防ぐためのコンクリートの防壁があって、せっかく自然に囲まれているのに、それが見えてしまうと興醒めになる。

阿夫利林道から大山寺の境内に戻ってきた。境内については以前の記事で触れているので、今回は以下、ほぼギャラリーである。まずは宝篋印塔と青空と紅葉のコントラスト。

宝篋印塔基部の意匠と紅葉。

本堂の屋根瓦と青空と紅葉。

鐘楼と紅葉。

鐘楼の反対側の鮮やかな紅葉。

最後に強烈な朝日を浴びる本堂に参詣して、阿夫利神社に向かう。

なお今回は、阿夫利神社、本坂、山頂、見晴台、阿夫利神社とたどって再び大山寺に戻ってくる。ということで、「その二」の最後の方では、午後3時頃の大山寺石段の紅葉写真が見られる。同じ赤でも強烈な朝日を浴びた紅葉とは違った色に見える。

2007紅葉の丹沢・大山 その二につづく)

《参照/引用文献》
● 『相州大山―今昔史跡めぐり』宮崎武雄(風人社、2013年)






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